2016年5月4日水曜日

蕩減復帰摂理歴史の終焉の意味

創造原理を語りながら、創造原理になっていない理由を、組織に向かって叫んでも何も変わらないという事です。組織の職員がどうだこうだと説明しても、あなたが神様と似るという事と全く関係ないという話です。

原理的でないものは原理が自然淘汰します。お父様が何度も語られていました。問題は、組織の正誤を主張している人達も自然淘汰される可能性があります。

2016年4月19日火曜日

原理はきわめてシンプルである。

■原理の基本は主体と対象

原理は、非常にシンプルです。基本は主体と対象です。組織が主体であると考えている人は、その組織に依存するし、逆にその組織を批判する。きわめて単純です。しかし、主体は組織ではなく家庭であると考えている人は、自分の家庭であるという基本的な主人意識があるので、何かあれば自分で解決を探ります。

2016年4月12日火曜日

なぜ、人は自分で、袋小路に入るのか?

■手段と目的と動機の話

手段が目的化すると、手段用の別の目的が登場して、本来の目的が見えなくなります。これは、ゴールが移行して、本来の目的が、認識の盲点に入るからです。目的によって動機が決定しますから、目的が知らないところで変わると、動機が下がります。

2016年4月9日土曜日

両眼視と立体的認識の話



■神の喜びの為の実体対象

神様の創造目的は、喜びを得たいというのが出発点でした。喜びは、独自的に生じません。それ故、対象が必要です。それ故、神様は、自らを実体展開して、人間と万物を創造しました。

2016年4月6日水曜日

認知科学的観点から見るカナン偵察

■脳の情報処理のエネルギー

人間の脳は情報処理の関係上、見たものをすべて認識しないように作られている。全て視覚に入る情報を同時に認識したら人間は餓死してしまうという。

これはどういう事かと言えば、人間の脳が全ての視覚に映るものを同時に認識したならば、ダムの発電ぐらいのエネルギー消費量が必要になり、人間の消化器官がそのエネルギーを作るのについていかなくなり、餓死するという話である。それぐらい脳を動かすエネルギーは膨大であるという事である。

2016年3月30日水曜日

現代認知科学から見た「自我の再構築と創造目的」の話

私達は、自分を自己紹介する際に、どのようにするでしょうか?自己紹介とは、自分をどのように規定するかという自我と深くかかわっています。しかし、自分を説明する時に、その実体は、名前や肩書き、好みなど、そのすべてが他者との関係からなる情報です。「名前は○○」「お父さんが誰」「お母さんが誰」「東京都港区出身」「出身校はどこ」「勤務先はどこ」「○○が趣味」といったような、外部との関係性によって成立しています。自分をいくら細かく定義しても、そこには自分以外のものしかありません。

2016年3月9日水曜日

おすすめ映画3月号

三月に入り、10作品ぐらい新作を見ました。その中でも今回は二つの映画を紹介したいと思います。一つ目は、LondonHasFallenです。これは、英国で開かれるサミットにテロが起き、続々と大統領や首相などの各国の要人が殺される中で、米国大統領だけが、ボディガードと二人で、世界占領を企てるテロ組織を一網打尽にするという絵にかいたような米国映画です。日本の首相は年寄りで、下品な運転手と共に、爆撃された橋の下に車ごと落ちるという非常に酷い結末の描き方がしてあります。完全なちょい役ですが、アジアの要人が描かれていない中、やはり、どういう形にせよ、日本人は関心の中にあるのでしょう。エンターテイメントとしては面白いと思います、絵にかいたようなアメリカアクション映画です。現在のテロ社会を背景に描かれていますが米国はテロに屈しないというメッセージなのでしょう。

2016年3月7日月曜日

おすすめ映画2月号


一つ目はRISENという映画で、イエスを十字架にかけたローマ側の指導者達の心理描写を中心に描かれて、シーンは、十字架にかかった場面からローマ側の視点から始まるという非常に斬新な切り口で始まる。

いわれなきイエスを十字架にかけたという複雑な心境から、良心の呵責、それを打ち消す為の迫害、さらには、イエスの奇跡と御言葉によって、神体験をしてしまい改宗していくローマ指導者の姿が非常にうまく描かれている。

2016年3月4日金曜日

神の創造を考える-創造原理と喜びのパラダイム

原理を正しく理解するうえで重要なのが創造原理である。なぜならば、堕落しなければ、堕落論も復帰原理も存在しなかったからである。現在の王権時代は家庭盟誓の8番にもあるように、解放と釈放の時代である。解放とは責任分担からの解放であり、釈放とは堕落の痕跡からの釈放である。

つまり、堕落も復帰もない本然のパラダイムに戻る時代であるので、創造原理のパラダイムを正しく理解していないと、本然の絶対性を論じる時に復帰原理のパラダイムを持ち込んで、6マリアを議論するような混乱に陥ってしまうのである。

2016年3月2日水曜日

神の創造を考える-絶対信仰・絶対愛・絶対服従の核心

これまで、先回の二つの記事で、「人間は、自分の価値観で物事をとらえるので、その価値基準で現実を固定してみている事」と「過去の経験の解釈の中で自分の価値観を決定しているがそれが親子関係の中で変わることが可能である」事を説明しました。それでは、神様と人間との親子関係の中で、私達の視点は、どのようにして神様の視点に変わることができるのでしょうか?それには、まず、私達は被造物であるので、なぜ、神様は人間を創造したのかという原点にかえる必要があります。